運の悪さはどうにもならない

 

自慢ではないが、人生であまり大きな病気にかかったことがない。インフルエンザもこれまでの人生で確か2回くらいだし、入院したのも幼い頃に脱水だかで高熱が引かなかった時に1週間ほどした1回キリだ。骨折経験もない。

かと言って超健康体かと言うとそうでもない。そもそも運動がびっくりするくらいできないので体力はないし、鼻炎持ちの偏頭痛持ちだ。だから微熱とか風邪っぽいとかはよくあるが、寝れば治る程度ばかりで、高熱を出すこともほとんどない。

 

中高時代も同じくだった。学校を休むことも少なかった。だが、6年間で2度だけ寝込んだことがある。今回はその話をしようと思う。*1

 

 

case1. 友好関係を変えたインフルエンザ

 

あの年は、日本中で鳥インフルエンザがかなり蔓延した年だった。学級閉鎖や学年閉鎖にもなったが、私は一番流行っていた夏頃は全くかからなかった。まあ鳥インフルエンザは比較的症状が軽い場合もあるそうなので、もしかしたら鼻炎に隠れてかかっていたかもしれないが。

その年の冬だった。周囲は今年2度目のインフルの子もいた時期だ。

ちょうど部活内で揉め事があった。当事者を仮にAとBとすると、BがAにしたことは(Aの話通りだと)確かにあまり良くはないが、A(しかも当時部長)側につく人間が多すぎて完全にBがハブられてしまっているような感じになった。当時Bと仲良くなりだしていて好きだった私としては、Aの言うことも信じがたいけど本当ならAが嫌うのは仕方ないかも…でも私はBと離れたくないなあ…と思って仲良くしていた。周囲からは仲良くしない方がいい的なことも言われたけどそれは個人的に許せなかった。自分自身がそう言う立場になったこともあったからかもしれない。

 

そのタイミングでインフルエンザにかかった。普通にB型。さほど苦しんだ記憶はないが、1週間学校に行けなかった。たまたま、私と同じような立場にいたもう1人もその2日後くらいにインフルエンザにかかった。

その間にあったことは詳しくは聞いていない。しかし、私が登校すると彼女は部活をやめ、私達部員から明らかに距離をおくようになっていた。まあ数日といえど味方が全くいない部活にいるのは厳しいだろうし、A側も私達に遠慮しなくていいからエスカレートした部分もあったかもしれない。

 

それから高校卒業まで彼女とまともに話すことはなかった。当時A側についていた子の中でも時を経て彼女と仲良くなった子も多くいたが、なぜか私はずっと話せていない。彼女も私が敵でないことは理解してくれていると思うのだが、どうしてもなぜか後ろめたさのようなものがある。なんだかんだ、インフルエンザ後に彼女に無理に話しかけることができなかった私の弱さが卒業してもなお引きずっている。

なんであのタイミングでインフルエンザにかかったのか今でも悔やむことがある。あの時が違えば確実に違う未来だった気がするのに。

 

case2. 修学旅行の夜

 

言うまでもない。6年間で寝込んだのはインフルの1回だけだったと言うのに、夜(何なら消灯時間は過ぎていたかも)みんなでゴロゴロ布団で喋っていたら、なんかしんどいなーってなって、友人にくっついたらあっつ!熱あるやん!って言われた。まともに熱出した記憶なさすぎてこれが熱かと。

いわゆる保健の先生みたいな同伴の人の部屋に行って、熱を測ったらバリバリ38度。翌日は昼にその旅館を出る予定だったので、午前のプログラムは休んで休もうということになった。その午前が長崎の平戸で自由行動で、正直めちゃくちゃ楽しみだったやつだったからかなりショックだった。猫いっぱいいたらしい。羨ましすぎる。友人が鼻セレブ買ってきてくれたけど昼には動けるくらいには回復していて、午後は礼拝*2だけだったので普通に参加。その日の夜も熱はかったけど下がってた。

 

別に大したことないんだけどね

 

前者もインフルエンザといえどしんどくてたまらんかった訳ではなかった(むしろ外に出れなくて暇だっただけだった)し、後者は症状自体はただの風邪で、熱も38度程度だった。とはいえ、運悪すぎない?

中高生なんて、風邪引いたら休めてラッキーなはずなのに、風邪引いてラッキーだったことはない。どっちも時期が1ヶ月違えばただ学校休めてラッキーくらいだっただろうに。

 

 

っていうのが今週のお題「修学旅行の思い出」に対する私の答えです。case1の方が長くなっちゃったけど。平戸また行きたいです。次は就活の大事なときに熱出したりしないといいな…

*1:ちなみに中高一貫校であった

*2:学校がキリスト教だったので